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札幌高等裁判所 昭和60年(う)136号 判決

本店所在地

札幌市東区伏古五条三丁目四番二五号

株式会社新和企業

(右代表者代表取締役新井弘一こと朴弘律)

本店所在地

北海道石狩郡当別町字西小川通五四番地

株式会社新和総業

(右代表者代表取締役新井弘一こと朴弘律)

本籍

北海道石狩郡当別町字西小川通一一番地

住居

北海道石狩郡当別町字西小川通六五六四番地

会社役員

新井修

昭和二九年一月四日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、昭和六〇年九月六日札幌地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから各控訴の申立があったので、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原判決中、被告人新井修に関する部分を破棄する。

被告人新井修を懲役一年に処する。

被告人新井修に対し、この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

被告人株式会社新和企業、被告人株式会社新和総業の本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は、その二分の一ずつを被告人株式会社新和企業及び被告人新井修の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人馬見州一及び同日浦力提出の各控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。

弁護人馬見州一の控訴趣意中、被告人株式会社新和企業及び被告人新井修に関する事実の誤認、法令の解釈適用の誤りの主張について

所論は、要するに、被告人株式会社新和企業が設立に際し、朴弘律から一括して引き継ぎ借り入れたとされる仮名、無記名の簿外預金五六口(一億五一六九万五三二五円)のうち、三九口(同弁護人提出の控訴趣意書添付別紙「預金残高及び受取利息額等調」に「個」印を付した定期預金)は、朴弘律から引き継いではいないので、原判決が判示第一の事実において認定している同被告会社の所得のうち、右三九口の預金についての租税公課を差し引いた後の受取利息合計五五八万三九三六円、同様判示第二の事実において認定している同被告会社の所得のうち、右三九口中前年度中に預け替えなどされたものを除く二六口の預金について租税公課を差し引いた後の受取利息合計四五三万八六九八円は、いずれも朴弘律個人の預金の受取利息であって、同被告会社の所得ではなく、また、仮に同被告会社の所得であるとしても、被告人新井修は、同被告会社の所得であることを認識しておらず、被告人新井にはほ脱の犯意がなかったものであるから、右各受取利息をすべて同被告会社の所得とし、被告人新井が同所得に対応する法人税額についてもほ脱の犯意があったと認定した原判示第一、第二の各事実には、事実の誤認又は法人税法一五九条一項の解釈適用を誤った違法がある、というのである。

そこで、記録を調査し当審における事実取調べの結果を合わせて検討すると、原半示第一、第二の各事実に事実の誤認も法令の解釈適用を誤った違法もないが、所論にかんがみ、若干の説明を加える。

関係証拠によると、次の事実が認められる。

1  朴弘律は、昭和二五年ころから千歳市でぱちんこ娯楽遊技場を経営したのに続き、昭和二八年四月ころ、石狩郡当別町において、「娯楽センター」という名称のぱちんこ娯楽遊技場を開業し、個人でこれを経営していたが、札幌市への進出を企て、昭和五七年六月一四日、ぱちんこ娯楽遊技場の経営を主目的とする被告人株式会社新和企業(以下、「被告会社新和企業」という。)を設立して代表取締役となり、同被告会社において、同月三〇日、札幌市東区伏古に「プレイランドハッピー」を開店し、更に同年一二月四日、被告人株式会社新和総業(以下、「被告会社新和総業」という。)を設立して代表取締役となり、同被告会社において、前記「娯楽センター」の経営を引き継ぐこととなった。

2  被告人新井は右朴の子であって、昭和五一年三月に大学経済学科を卒業したあと、一年間簿記専門学校で勉強し、昭和五三年ころから朴の経営する前記「娯楽センター」に勤務して営業を手伝っていたが、朴が昭和五四年四月ころ在日本大韓民国居留民団北海道地方本部の本部長に就任し多忙となってからは、次第に同店の営業を任されるようになったこと、被告会社新和企業が設立されると、被告人新井はその取締役となり、朴が前記「プレイランドハッピー」開店直後に胃潰瘍を患い病院で療養することになったあとは、同人にかわって、同被告会社及び前記「娯楽センター」(個人経営)の実質的な経営者となり、業務全般を統括するようになり、被告会社新和総業が設立されその取締役となったあとも、同様に両被告会社を実質的に経営したこと、

3  被告人新井は、朴から前記「娯楽センター」の営業を任されるようになった昭和五四年四月ころ、同人から数千万円にのぼる仮名や無記名の定期預金証書と印鑑を預けられて、必要に際し右営業のため運用するよう委ねられ、その趣旨にそって解約して営業上の用途に消費したり、預金替えをしたりして運用するとともに、更に同店の売上金を除外して、仮名、無記名の預金口座に蓄積したりしていたこと、その結果、被告会社新和企業設立前である昭和五七年六月一三日ころにおいては、そのようにして蓄積した簿外預金が五六口(預金残高一億五一六九万五三二五円)に達していたこと、

4  右五六口の預金は、被告会社新和企業設立当日から順次解約されて、同被告会社の資本金として払い込まれたり、同被告会社の経費として消費されたり、あるいは別の預金に預け替えされるなどし、昭和五九年五月三一日現在において、同被告会社設立前から継続して預金されていたものは、石狩中央信用金庫当別支店の仮名定期預金一口(預金残高七五二万六五八九円)、無記名定期預金一三口(同合計五二九〇万九七一二円)、同信用金庫札幌支店の無記名定期預金三口(同合計一五二一万二七〇二円)の計一七口にとどまったこと、

5  被告人新井は、被告会社新和企業設立後も引き継き売上金を除外し、仮名、無記名の預金口座などに蓄積して簿外預金とし、朴から託された前記預金と混然一体のものとして管理、運用し、個人分と分別することはなかったこと、また、その間管理、運用について朴と協議するようなことはなく、預金残高や解約した預金の使途について同人に報告することもなかったこと、一方、朴も運用を任せた右預金について現在高などを知ろうとせず、返還の要求をするようなこともなく、かえって、被告人新井に頼んで右の簿外資産の中から、昭和五八年一〇月ころ、土地代金支払いのため三九六〇万九〇〇〇円を、昭和五九年四月ころから五月ころにかけて、韓国在住の弟や妹に家屋建築資金として贈与するため合計三〇〇〇万円を、それぞれ支出してもらったこと、

6  被告人新井は、査察調査中の昭和六〇年一月二二日、「預金等の法人帰属及び個人帰属の区分について」と題する上申書を大蔵事務官に提出し、昭和五七年六月一三日現在の前記五六口の仮名又は無記名定期預金(同日現在残高一億五一六九万五三二五円)は、全額被告会社新和企業に引き継ぐので、同被告会社に帰属するものとした旨申述し、大蔵事務官や検察官の取調べに対しても、「金融機関の預金などを全部調べて、会社の財産となるものと私や父や家族個人の財産となるものに区分しました。仮名や無記名の預金は会社の財産になるものでしたし、家族名義の預金は原則として個人の財産となるものでした。」と供述したこと、本件公訴は、この区分を前提とし、被告会社新和企業設立前に存した右五六口の預金はすべて同被告会社設立に当たり朴から借り入れて同被告会社に帰属したものであり、これを発生源とする受取利息は同被告会社の所得であるとして、実質上各事業年度の所得にこれを含めてほ脱額を算出したものであるが、同被告会社及び被告人新井は、原審において、本件公訴事実全部について全く争わなかったこと、

以上の事実が認められ、右事実によると、被告会社新和企業設立前に存した右五六口の預金は、同被告会社の設立に際し、朴から一切を任せられた被告人新井の手で同被告会社に貸し付けられ、法人設立後も引き続き蓄積された簿外預金とともに一括して同被告会社のために前記のように運用され、右預金中から朴個人のものを分別するような取扱いがなされたことは一切なかったのであるから、右五六口の預金はすべて同被告会社に帰属するものであり、従って、これを発生源とする受取利息は同被告会社の所得に帰するものというべきである。また、以上の事実関係並びに被告人新井の捜査官に対する供述調書によれば、被告人新井は、当時右受取利息が同被告会社の所得であるとの認識を有していたものと認めることができる。

所論は、前記五六口の預金のうち、当初のまま継続して預金されている一七口及び途中から預け替え等されている二二口の合計三九口は、本来朴個人に帰属していたものであるところ、査察官からの要請があったため、被告人新井と朴との間で同被告会社の設立時にさかのぼってこれを法人に一括帰属変更する旨協定し、その旨の上申書を査察官に提出した結果、初めて同被告会社に帰属するに至ったものである、と主張し、同被告会社代表者朴及び被告人新井の当審における各供述、当審証人大磯昇の証言中にはそれにそう部分もあるが、これらの供述は、前記認定事実、とりわけ、朴は右五六口の預金を自己の経営する事業の運営資金として被告人新井に託したものであること、同被告人は朴の意向にそって右預金を運用していたものであるが、所論指摘の三九口の預金をことさら他の預金と区別して取扱っていたとはうかがわれないこと、朴に対しては、右五六口の預金に対する利息以上のものが同被告会社から提供されていること、並びに被告人新井の捜査官に対する供述調書を含む関係証拠に対比し、いずれも措信し難く、所論の上申書は、預金の帰属について事実を確認したものに止まるものと解されるから、所論は採用できない。

原判決に事実誤認ないし法令の解釈適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

弁護人馬見州一の控訴趣意中量刑不当の主張及び弁護人日浦力の控訴趣意について、

各所論は、被告人新井を懲役一年の実刑に処し、被告会社新和企業を罰金二〇〇〇万円に、被告会社新和総業を罰金六〇〇万円に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であり、被告人新井の刑には執行猶予を付し、各被告会社の罰金額は減額するのが相当である、というのである。

そこで、記録を調査し当審における事実取調べの結果を加えて諸般の情状について検討すると、本件は、いずれもぱちんこ娯楽遊技場の経営を主目的とする各被告会社の取締役で、実質上その業務の全般を統括している被告人新井が、各被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、売上げの一部を除外して架空人名義の簿外預金を設定するなどの方法により所得を秘匿した上、虚偽過少の法人税確定申告をして、被告会社新和企業の二事業年度(昭和五七年六月一四日から昭和五九年五月三一日まで)につき合計五八四四万二六〇〇円の、被告会社新和総業の一事業年度(昭和五八年一月一日から同年一二月三一日まで)につき二〇〇八万一二〇〇円の各法人税(合計七八五二万三八〇〇円)を免れたという事案であるところ、そのほ脱額が巨額であるのみならず、そのほ脱率は、被告会社新和企業について平均六七パーセント余、被告会社新和総業について九九パーセント余に及んでおり、他方所得申告率は被告会社新和企業について平均約三五パーセント、被告会社新和総業について〇・八三パーセントにすぎず、納税意識の稀薄さは顕著であること、被告人新井は、各被告会社の設立当初から、自らあるいは従業員に命じて、玉貸機に接続して自動的に売上げを記録するコンピュータの配線プラグを抜いて、その作動を一定時間止めたり、売上金の中から直接現金を抜き取ったりするなどの方法で、売上げを除外し、多数の仮名、無記名の預金口座に入金したり、自分や家族名義で投資信託や利付国庫債券を購入して所得を隠ぺいしていたこと、右預金については、いわゆるマル優預金を利用したものも多く、資産隠しのために税法上の特典を悪用していること、脱税の動機や経緯に格別斟酌すべき事情は見当らないこと、本件のように巨額にのぼる脱税事犯は国民の税負担に対する公平感を失わせ、大多数の誠実な納税者の納税意識を弱めるおそれがあって、社会的非難の度合が近時一段と強くなっていることなどに照らすと、各被告会社及び被告人新井の刑事責任はいずれも重いといわなければならない。

そして、各被告会社の脱税額やほ脱率等を勘案すると、記録上うかがわれる有利とすべき情状を考慮に容れても、原判決の量定した各被告会社に対する罰金額はいずれも重過ぎて不当であるということはできない。

しかしながら、被告人新井については、同被告人は、父親の朴の助言などもあって、査察段階から反省、恭順の態度を示し、全体的には査察調査や捜査に協力的であったこと、各被告会社の違反に伴う修正本税、重加算税、延滞税の全額及びこれに連動する各種地方税の合計一億五三八一万八九六〇円を納付済みであること、これまでさしたる前科はなく、事業に熱心であり、社会生活や家庭生活に格別問題はないこと、その他被告人新井の身上、年齢、家庭の状況など、原審当時から存した同被告人に有利な情状に加え、原判決後、自らの非を深く悔悟反省し、財団法人に対し三〇〇万円の寄付をしたことなどを参酌し、この種事犯に対する量刑の一般的傾向にも徴すると、この際直ちに同被告人に対し懲役刑の実刑をもってのぞむのはいささか酷であって、執行猶予付きの刑が相当であると認められる。

従って、各被告会社に関する各論旨は理由がないが、被告人新井に関する各論旨は理由がある。

よって、刑事訴訟法三九六条により、各被告会社の本件各控訴を棄却し、同法一八一条一項本文を適用して、当審における訴訟費用のうちその二分の一を被告会社新和企業の負担とし、同法三九七条一項、三八一条により、原判決中被告人新井に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書により、同被告人について更に次のとおり自判する。

原判決の確定した事実に原判決挙示の各法条を適用、処断した刑期の範囲内で、被告人新井を懲役一年に処し、刑の執行猶予につき刑法二五条一項を適用して、同被告人に対しこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して、当審における訴訟費用のうち二分の一を同被告人に負担させることとする。

以上の理由によって、主文のとおり判決する。

検察官小柳治公判出席

昭和六一年六月九日

(裁判長裁判官 水谷富茂人 裁判官 肥留間健一 裁判官横田安弘は、転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 水谷富茂人)

控訴趣意書

被告人 株式会社 新和企業

同 株式会社 新和総業

同 新井修

各法人税法違反被告事件

昭和六〇年一二月一九日

右各主任弁護人 馬見州一

札幌高等裁判所御中

札幌地方裁判所が昭和六〇年九月六日右各被告人に対し言渡した判決につき各控訴の申立をしたが、その控訴趣意は、以下のとおりである。

第一 (事実誤認ないし法令の解釈適用の誤り)

原審では、被告人及び弁護人が公訴事実をそのまま全部認めたため、原判決は、公訴事実をそのまま認めてしまったが、記録及び証拠上、以下の点に誤りがある。

1 原判決第一の事実のうち、不正の行為により法人税額三八、〇九九、八〇〇円を免れたとあるが、このうち後記3(一)のとおり二、三三六、六〇〇円は、不正の行為によりほ脱したものではないから、ほ脱額から除外すべきが相当である。

(一) 検察官の冒頭陳述書別紙A―2―(1)によれば、同社の同事業年度に於けるほ脱所得額九〇、八二〇、七二二円、ほ脱税額三八、〇九九、八〇〇円とし、同書面別紙A―3―(5)及び(6)によれば、次のとおり受取利息がほ脱所得とされている。

五七・六・一四~

五七・一二・三一

五八・一・一~

五八・五・三一

受取利息

五、九七一、三八六円

二、〇九六、六三七円

八、〇六八、〇二三円

租税公課

△一、五三六、一五三円

△四二〇、四一四円

△一、九五六、五六七円

四、四三五、二二三円

一、六七六、二二三円

六、一一一、四五六円

(二) しかし乍ら、検甲第二九号証仮払金調査書中、「預金残高及び受取利息額等調」の中にある受取利息のうち、別紙のとおり「個」印を付した次の受取利息は、新井弘一こと朴弘律が被告会社新和企業の設立前から引き続き有していた個人預金の利息であり、被告会社新和企業が昭和五八年七月二九日法人税確定申告書を札幌北税務署長に提出した時点では、同社の所得ではなかったから、同社としては関知するところではなかった。

五七・六・一四~

五七・一二・三一

五八・一・一~

五八・五・三一

受取利息

五、六〇二、七三一円

一、八七八、七一四円

七、四八一、四四五円

租税公課

△一、五二一、七六九円

△三七五、七四〇円

△一、八九七、五〇九円

四、〇八〇、九六二円

一、五〇二、九七四円

五、五八三、九三六円

(三) 被告会社新和企業が前記(二)の税引受領利息五、五八三、九三六円を含めた受取利息全額を法人所得として昭和六〇年三月一二日札幌北税務署長に修正申告書を提出したのは、昭和六〇年一月二二日被告人新井修が札幌国税局収税官吏大蔵事務官小山準一宛に提出した預金等の法人帰属及び個人帰属の区分についての上申書(検甲第八七号証)に基づくものであり、これを提出した経緯は、次のとおりである。

(1) 朴弘律は、昭和五七年六月一三日現在で仮名無記名預金五二口一五一、六九五、三二五円を有していた。この預金はその後預け替え等をしているうちにその一部が法人の簿外預金と混同し、法人個人の帰属区分が一部識別できなくなった。

(2) このため札幌国税局査察官は、財産計算法による所得計算を行う都合上、この五二口一五一、六九五、三二五円の預金全部を昭和五七年六月一三日現在で一括法人に帰属させ(対手勘定借入金)、これを出発点として、上申書本文1(2)のとおり各年月現在の簿外預金残高を計算した。しかして被告人新井修に対し、この方法によることの承諾をもとめ、上申書の提出方を促した。

(3) 被告人新井修は、朴弘律とも相談の上、査察官の採った方法に従うこととし、このことを上申書として提出した。

(四) 以上の経過が示すとおり、本来朴弘律個人に帰属していた預金を修正申告等の都合上昭和五七年六月一三日現在にさかのぼって一括法人が帰属変更することが当事者間で協定されたのは、昭和六〇年一日二二日である。

(五) 従って、その日前においては、少なくとも被告会社新和企業設立前の状態のまま継続されている別紙「個」印の定期預金については法人帰属の認識はなかったから、この預金から発生した前記(二)の受領利息を法人税申告時に法人所得に算入して申告しなかったのは、何ら不正の行為によるものではないから、ほ脱の犯意が存在しないものである。

(六) よって、これに対し法人税法一五九条一項を適用したのは、法令の解釈適用を誤ったものともいえる。

2 原判決第二の事実のうち、不正の行為により法人税額二〇、三四二、八〇〇円を免れたとあるが、このうち後記3(二)のとおり一、九六三、三〇〇円は、不正の行為によりほ脱したものではないから、ほ脱額から除外すべきが相当である。

(一) 検察官の冒頭陳述書別紙A―2―(2)によれば、同社の同事業年度におけるほ脱所得額四七、〇〇二、三一二円、ほ脱税額二〇、三四二、八〇〇円とし、同書面別紙A―3―(5)及び(6)によれば、次のとおり受取利息がほ脱所得とされている。

五八・六・一~

五八・一二・三一

五九・一・一~

五九・五・三一

受取利息

一〇、五六九、一〇〇円

二、四二八、三四三円

一二、九九七、四四三円

租税公課

△二、八一五、二一二円

△五三二、四七一円

△三、三四七、六八三円

七、七五三、八八八円

一、八九五、八七二円

九、六四九、七六〇円

(二) しかし乍ら、検甲第二九号証仮払金調査書中、「預金残高及び受取利息額等調」の中にある受取利息のうち、別紙のとおり「個」印を付した次の受取利息は朴弘律が被告会社新和企業の設立前から引続き有していた個人預金の利息であり、被告会社新和企業が昭和五九年七月三〇日法人税確定申告書を提出した時点では、同社の所得ではなかったから、前記1(三)ないし(五)のとおりほ脱の犯意が存在しないものである。

五八・六・一~

五八・一二・三一

五九・一・一~

五九・五・三一

受取利息

四、二九六、六七九円

一、五三三、九一三円

五、八三〇、五九二円

租税公課

△一、〇八五、一一四円

△三〇六、七八〇円

△一、三九一、八九四円

三、二一一、五六五円

一、二二七、一三三円

四、五三八、六九八円

3 前記1及び2の各受取利息は、正当所得であってほ脱所得でないのであるから、ほ脱税額は、以下の計算のとおりとなる。

(一) 五七・六・一四~五八・五・三一事業年度

当初申告〈1〉

ほ脱犯意のない

受取利息〈2〉

修正申告〈3〉

ほ脱税額〈3〉-〈2〉

所得金額

三四、〇六五、九二一円

三九、六四九、八五七円

一二四、八八六、六四三円

法人税額〈A〉

一二、六六三、八〇〇円

一五、〇〇〇、四〇〇円

五一、七一三、六〇〇円

うち留保

課税分〈B〉

九五〇、〇〇〇円

〈A〉-〈B〉の

税額

一二、六六三、八〇〇円

一五、〇〇〇、四〇〇円

五〇、七六三、六〇〇円

三五、七六三、二〇〇円

備考

三八、〇九九、八〇〇円-三五、七六三、二〇〇円=二、三三六、六〇〇円

(起訴ほ脱税額)

(認定されるべきほ脱税額)

(除外すべきほ脱税額)

(二) 五八・六・一~五九・五・三一事業年度

所得金額

三九、九二七、一〇七円

四四、四六五、八〇五円

八六、九二九、四一九円

法人税額〈A〉

一六、四〇〇、七〇〇円

一八、五二四、八〇〇円

三七、四四六、〇〇〇円

うち留保

課税分〈B〉

三二八、三〇〇円

四八八、九〇〇円

一、〇三〇、六一〇円

〈A〉-〈B〉

の税額

一六、〇七二、四〇〇円

一八、〇三五、九〇〇円

三六、四一五、四〇〇円

一八、三七九、五〇〇円

備考

二〇、三四二、八〇〇円-一八、三七九、五〇〇円=一、九六三、三〇〇円

(起訴ほ脱税額)

(認定されるべきほ脱税額)

(除外すべきほ脱税額)

4 前記1及び2の受取利息は、法人税法一五九条一項にいう不正の行為により、同法七四条一項によって法人税申告書を提出して法人税の額を免れたものではないから、事実誤認または法令の適用の誤りが認められるもので、その誤りは判決に影響を及ぼすものである。

第二 (量刑不当)

1 前記第一の受取利息を正当所得としてほ脱額から除外すると、本件の規模は、次のとおりである。

五八年期

五九年期

合計

新和企業

ほ脱額

三五、七六三、二〇〇円

一八、三七九、五〇〇円

五四、一四二、七〇〇円

正規税額

五〇、七六三、六〇〇円

三六、四一五、四〇〇円

八七、一七九、〇〇〇円

ほ脱率

七〇・四五%

五〇・四七%

六二・一〇%

新和総業

ほ脱額

二〇、〇八一、二〇〇円

正規税額

二〇、一七〇、二〇〇円

ほ脱率

九九・五五%

従って、五九年期における両会社を合算した形でほ脱率を概算すると、そのほ脱率は、六七・九七%であり、両会社の上記各事業年度を合算した形で平均ほ脱率を概算すると、六九・一四%となっている。

この点につき、原判決は、量刑の事情のなかで指摘しているが、以下のとおり改められるべきである。

(正)

(一) 不正所得合計

一億八、七〇〇万円余

一億七、七六八万円余

(二) ほ脱税額合計

七、八五〇万円余

七、四二二万円余

(三) ほ脱率平均

七三%強

六九・一四%

しかして、国税局査察による近時の法人税法違反被告事件の判決例をみるとき、本件は、不正所得額、ほ脱税額及びほ脱率をみても、同種案件と較べて被告人新井修が実刑判決を受けるほど巨額なものとは、思えないのである。

2 犯行の手段・態様は、単純かつ幼稚であり、容易に発覚する可能性があったものである。

(一) 被告人新井修の大蔵事務官に対する質問てん末書及び昭和六〇年三月二六日付検察官に対する供述調書によれば、

(1) 新和企業については、

(ア) パチンコの売上除外は、開店日(五七・六・三〇)かその翌日から、昭和五九年一月初めころまでの期間。うち最初の二~三か月は、景品カウンターにある玉貸機のコンピューターにつながっている配線プラグを適宜な時間引き抜いておく方法で、その後は、グローリー玉貸機のコンピューターにつながっている配線プラグを適宜な時間引き抜いて置く方法で、いずれも売上がコンピューターに記録されないようにした。上記の方法は、単純な操作で行えるものである。しかも、景品カウンター玉貸機の操作については、カウンター従業員の空智子に指示したり、グローリー玉貸機の操作については、事務員の奥田啓子や高津栄子に指示したりしていたもので、これらの従業員は、公募して採用後まもない時期であり、従って肉親や縁故者でもないことから、容易に発覚するおそれがあったものである。(現に本件の査察の端緒は、退職従業員の通報であった。)

(イ) パチスロの売上除外は、昭和五八年三月から一年位の期間、コイン貸機の売上金を閉店ホールの従業員が事務所の金庫に入れに帰ったあと、適当に現金を抜く方法によるものである。

(ロ) 新和総業については、各玉貸機から集金した現金の中から一部を抜き取りして売上に除外をしていた。

(二) 被告人は、売上除外金を、石狩信金菊水支店、たくぎん伏古支店、北札幌農協本店、石狩信金当別支店、北洋相互銀行当別支店等の金融機関に無記名・架空名義の預金にしていたものであるが、これらの金融機関は、正常の取引もやっていたところであり、容易に発覚し易い。裏金専門の金融機関を利用しなかった点からも、被告人の行為は、単純、幼稚であったものである。さらに、貸付信託や国債等は、前記たくぎんを通して行っていたもので、これらもまた発覚し易く、巧妙さの片鱗さえうかがえないのである。

(三) 架空名義の預金は、預金獲得競争をしている銀行が、その名前と印鑑を準備したもので、被告人ではない。銀行の示唆が被告人の本件犯行を増幅させた要因の一つともなっている。

(四) 被告人の売上除外金は、前記昭和六〇年一月一六日付質問てん末書添付の「売上除外額の仮名普通預金への入金状況調」によれば、昭和五七年七月は、一日当り除外額一〇万円が一一日間、一日当り二〇万円が二〇日、同年八月は一日当り除外額が二三日、二五万円が一日、三〇万円が二日、四五万円が一日、七五万円が一日となっている。

(五) 以上のとおりで、原判決の量刑の事情の中で、その手段・態様は大胆かつ巧妙で、極めて悪質と評価しているが、むしろ本件は単純かつ幼稚であって、他の法人税法違反被告事件と比較してその悪質性も突出しているとは考えられない。被告人は、本件犯行に着手したころは、二七~八歳の若輩であり、若気の思慮浅さと単純さが、後記動機と相伴って本件犯行に至っていたと考える余地があるのである。

3(一) 本件犯行の動機については、弁護人は、同情と理解の余地が認められるものと解するが、原判決は、その量刑の事情で一片の同情も理解をもたなかったばかりか、かえって「強い犯意を見てとれる」と反発している。

原判決が本件犯行の動機犯情について指摘していることは、脱税事件すべてについていえることであって本件に特有のことではない。原裁判所は、公判で被告人新井修が述べようとしたことを、同被告人が反省せず反抗心があるものと直解(誤解)したものであって、その結果、同被告人の気持と裁判長との間に益々気持の溝が開いてしまったということが記録上読みとれるのである。

たとえば、

裁判長「せっかくあなたが・・・・・そういう基本的な意識があるならば、何かこういうことをするということについては、非常に、逆に憤りを覚えるんだけれどもね」(記録一五二六丁表)。

裁判長「要するにこの事件によって・・・・・、もしこういうことがなかったら、このお金をどういうふうにするつもりだったのかなと。個人的蓄財に使うんじゃないですか、結果的に。」

被告人「いや違います。・・・・・」

裁判長「ですから、そういう時に備えて自分自身のために蓄財したんじゃないですか。」

被告人「いいえ、違います。・・・・・」

裁判長「つまり、あなたが先程から韓国の人たちが・・・・・差別を受けるとかいうことで、非常にお話するんだけれども、ただそのことから本件の脱税ということが出てきて、もし純粋にそういう気持でやるなら、こういうお金を何につかうつもりでやったのかと、そういう趣旨で言ったんですけれども、ところがあなたは、それは自分の会社が不景気になった時に使うんだという趣旨だったんで、それだったら、自分のためにだけやっているんじゃないのかと、そういうことを確かめたかったんです。質問の趣旨はそういうことですよ。」

被告人「はい。・・・・・」

裁判長「もしそうだったらそういう運動資金に寄付するとか、そういうことであるならあなたの言うことも一貫していると思うんですけれども、そうではないんでしょう。」

被告人「私が例えば過去の歴史・・・・を述べたのは、そういうことを勉強してそういうことが判り、そういう境遇で育ったことをご理解願いたいというために述べました。」

裁判長「あとちょっと気になるのは、あなたの発想の理解できない部分、理解できる部分もあるわけですが、全面的に全然できないというわけじゃないんです。しかし、・・・・・・・むしろ父親の残したものを利用して非常に簡単にいったら悪いけれども我々の目からみると非常に簡単に大金を手にしているということでそういう感覚がマヒしたということはないですか。我々は通常一か月営々と動いても二〇万円三〇万円ということで収入を得て多い人だって五〇万円ぐらいなものでしょう。その中で、家を無理してローンで買ったり、子供を教育してなおかつ真面目に税金を払っているわけでしょう。あなたの場合は、そうじゃなくてどうも突然お金を自由にできるという立場に立ってしまって、そこでマヒが生じたんじゃないかと。むしろそちらのほうを記録を検討してみて感じたんですけど、どうでしょうか。」

被告人「小さい時から母親から聞かされた話ですけれども、随分苦労して。・・・・・こういう事業をやっているといい時こそお金を残さなきゃならないと・・・・・。事実、うちの母親の着ている洋服であるとか食べる食事なんか本当裁判官に見せてあげたいくらいです。本当に一般家庭よりも質素だと思います。」(記録一五二八丁裏~一五三一丁表)

(二) 被告人は、国税局の査察が入って間もなく、自分の考え及び本件犯行自体間違っていたと深く反省している(記録一五〇四丁裏、一五一二丁表裏、一五一四丁裏、一五三一丁表、一三一五丁裏)ものであるが、ただ一言自分は在日韓国人の二世という環境で育ってきたので、その事情を斟酌していただき寛大な処分をお願いしたいと述べようとしただけなのである。ところが、被告人自身語りはじめたら、興奮してしまいわけが判らなくなってしまったのが、実情である。そして被告人は、私利私慾という意味を、自分や自分の家族のぜいたくのためとか、自分の道楽のためであると誤解して、そうではなかった、企業のために脱税していたのであったと強調したくて裁判長の再々の質問に対し否定し続けていたにすぎない。企業のために脱税することも、私利私慾なのだと裁判長が諭しておれば、前記(一)のようなすれ違いの問題にはならなかったものである。被告人は企業のために脱税することも結局私利私慾になるのだということを当弁護人から説明を受けて、そのことについては十二分に理解し、脱税した責任の重大さを自覚し深く反省している。

(三) 在日韓国朝鮮人の歴史とその拘えている問題の深さについて。

(1) 被告人新井修は、在日韓国人の二世である。被告人が原審公判で本件犯行について反省と謝罪を述べるほか、寛大な判決を求めたいために自分たち在日韓国人及びその二世が置かれている境遇に理解と同情を得ようと述べようとしたこと即ち在日韓国朝鮮人の特殊的地位に触れて置きたい。

(2) 現在日本に居住する外国人は、さまざまの国籍をもっている。そのなかで在日韓国朝鮮人は、約七〇万人、八〇%位を占めている。歴史の上で日本が汚点を残したアジア侵略で迷惑をかけた人々とその子孫である。在日韓国朝鮮人は、法的には外国人登録を義務つけられた「外国人」でありながら、「ガイジン」という欧米先進国の人を指すイメージからは抜け落ちてしまっており、いまだに差別と偏見が日本人の心の中に存在している現実がある。それは、過去における日本のアジア侵略(植民地政策)に根ざすものである。またその差別と偏見は、彼らが日本に帰化したとしても被告人のように日本国籍を有する二世であっても、変わらない。

一九一〇年日韓併合と同時に、日本は朝鮮全土を支配し民族資本の発達を抑制した。そのため当初朝鮮人は余剰労働力として旧満州や日本等に渡航を余儀なくされた。さらに第一次大戦後は、「募集」「官斡旋」「徴用」により強制的に連行され、当時の日本の戦争政策に「協力」を余儀なくされた。さらに日本国政府は朝鮮人に対し、日本語常用、創氏改名、皇国誓詞等を強要した同化政策を遂行した。

日本の敗戦と同時に約二五〇万人の在留朝鮮人の四分の三は解放された朝鮮半島に帰国したが、四分の一はそのまま日本に残留せざるを得ず、今日まで引き続き在住している。これは日本の植民地下ですでに土地をなくした人々がその生活基盤を朝鮮でつくり上げることは容易でないことが知れわたるとともに、帰国をあきらめたからである。

しかして、在日韓国朝鮮人は、戦後四〇年間日本に居留し、社会的にも経済的にも文化的にも定着の傾向を示している。

(3) しかし在日韓国朝鮮人において、日本在留にあたっては戦後四〇年間誠に困窮な立場に置かれ続けてきた。それは、日本国に公租公課を納めながら、それにみあう給付を殆んど受けていないという「行政上の差別」の壁である。この差別の殆んどが「日本国民でないから」とのいわば国籍条項による差別であった。

日本は、国連の国際人権規約を一九七九年に至ってようやく批準し、国内法もある程度整備されたが、在日韓国朝鮮人は、過去の歴史的経過から、いまなお是正されない各種差別の排除及び権益運動を継続しなければならない立場にある。

(4) 在日韓国朝鮮人は、敗戦時において自らの選択によって日本国民としての立場を放棄したものではなかった。一九五二年サンフランシスコ平和条約の発効により、日本は主権を回復したがその第二条(a)に「日本国は、朝鮮の独立を承認して・・・・・朝鮮に対するすべての権利、権限及び請求権を放棄する」と規定されたため、日本政府は、朝鮮人及び台湾人は平和条約発効の日をもって日本の国籍を失うとして国籍選択の道を開かず一律に外国人としてしまった。この点は同じ敗戦国でも国籍選択の道をとったドイツのオーストラリア人に対する戦後処理と比べ批判のあるところである。

(5) その後、在日韓国人の法的地位については、一九六五年の日韓基本条約によって基本的な解決がなされたが、例えば一九五二年の外国人登録法ではじめて導入された指紋押捺制度の撤廃運動などは、我々の知るところである。学校での差別は、在日韓国人の子弟が通名を名のらざるを得ないとか、いじめによる自殺をしたとかの問題があったり、結婚、就職等においても差別を余儀なくされている。在日韓国朝鮮人は今なお大きな問題をかかえていることを我々日本人としては大きな理解を必要とすることであろう。

(四) 被告人新井修が原審公判廷で、述べたように失業保険適用問題で対応した社会保険事務所や改氏許可問題で対応した家庭裁判所など国の機関においても在日韓国人に対する差別取扱が残っているのである。いわんや一般の日本人の彼らに対する差別と偏見は、極めて根深いものがあるのである。

長い間虐げられ差別され乍らも日本に在留してきた在日韓国朝鮮人及びその二世としては、つまり、被告人もそのひとりであるが結局頼れるのは金であり、自分の企業を成長させることだという信念を育ててきているものだと、弁護人は理解するのである。被告人の家庭は月二〇万円で四人家族の生計をたて質素な生活をつづけていたこと、景気のよいときに金をため不景気時や競争業者との企業間競争に備えるため被告人が本件犯行に及んでいたこと、さらにそのことに関して上記(二)で述べたとおり裁判長がそれは私利私慾のためではないのかと再三質問しているのに対し被告人がそうではないとのべていたことに、在日韓国人及びその二世の感覚と通常の日本人との間のそれに大きな隔たりがあったことを見逃せないのである。被告人にとっては、それは私利私慾の動機によるものではなく、在日韓国人及びその二世が日本社会において生存を続け(いわば生存権的考えともみてとれる)、日本人と対等の交流をしていくための支えが、金であったのであり、そのために被告人が本件犯行に及んだものと理解するのが相当なのである。原審裁判所は、被告人の上記のような動機の背景を理解することができず、被告人の原審公判廷で述べた動機は、結局私利私慾ではないかと判断し、被告人が理解と同情をしてもらいたくて述べた境遇に一顧だにしなかったのは、誠に残念でならない。原判決は、私利私慾が動機であっても、在日韓国人及びその二世の特殊な境遇に理解を示せば、それを説諭することによって今後改善されるという教育的見地にたたず、被告人の弁解をただ「強い犯意」と「極めて悪質」という印象をもたれたものであるが、在日韓国人二世の被告人としては、育った境遇、環境からいって、また年若い二世として視野狭さく的見方で、本件犯行に走ったと理解することができれば、その動機には充分同情の余地がある筈だと弁護人は考える。

4 原判決が量刑の事情のなかで「金もうけのためには手段を選ばないといった強い犯意を見てとれること」に引用している「出入りの換金業者らに働きかけて所得を少なくみせようと工作したり」の点は、記録を精査してみても、そのような証拠は見当たらない。もっとも川合等の昭和五九年一二月三日付質問てん末書には、同人が新和企業の換金業者になろうとしたとき用意した換金用の現金八〇〇万円は、自分が用意したのではなく会社が用意したのであるのに、被告人に頼まれて自分が用意したと最初の調べでは述べていた旨の供述はあるが、これは、売上除外の際、換金業者に換金量を少なく見せるよう協力を依頼したものとは、性格が異なり「犯意」と関連するものではない。

5 また原判決では、量刑の事情のなかで「両被告会社とも青色申告の承認を得て税法上の優遇措置を受けた」とあるが、両被告会社とも、青色申告の承認を受けてはいたが、これまでの各申告に際して一度も青色申告としての税法上の優遇措置を利用したことはなかった。記録を精査しても、青色申告による税法上の優遇措置を利用したという証拠はない。

6 被告人が本件犯行については充分反省していることは、すでに再三述べた。国税局査察に対しても、査察の入った翌日から積極的に協力し、また修正申告により、本税のほか重加算税等も納めてきた。また被告両会社にも罰金刑については即納するつもりでいる。経済的にも充分な制裁を受けたほか、被告人は、原判決後社会的にも貢献しようと考えて、刑事贖罪金として金三〇〇万円を財団法人札幌法律援護基金に寄付した(別紙領収証参照)。

7 被告人は本件が初犯であり、新聞等本件犯行の報道で、被告人はもとより、妻及び二人の子供も、社会的に制裁を受けている。

8 以上の次第で、今後同種再犯のおそれは全く考えられない。従って、近時の各種法人税法違反被告事件の判決による量刑例と較べて原裁判所が、本件について被告人新井修に対して実刑を課したのは、極めて厳しすぎるものと考える。

第三 (結論)

以上のとおりの理由により、原判決を破棄し、被告両会社に対しては罰金刑の減額を、被告人新井修に対しては執行猶予付の裁判を求める次第である。

控訴趣意書

被告人 株式会社 新和企業

同 株式会社 新和総業

同 新井修

右の者らに対する各法人税法違反被告事件の控訴趣意は、次のとおりである。

昭和六〇年一二月一九日

右弁護人 日浦力

札幌高等裁判所

第三部 御中

原判決は、被告人株式会社新和企業を罰金二〇〇〇万円に、同株式会社新和総業を罰金六〇〇万円に、同新井修を懲役一年の実刑に処する旨の言渡しをしたが、右刑の量定は、本件の情状に鑑み著しく重きに失し、不当であるから、到底破棄を免れないものと思料する。以下その理由を述べる。

第一 原判決の量刑事情は、被告人らの行為を余りにも一方的に「悪」ときめつけた独断的な認定であって、到底承服し難い。

一、まず、原判決は、本件の量刑事情について大要、次のとおり指摘する。

(1) ほ脱額が巨額であって、そのほ脱率も高率であること。

(2) 被告両会社の設立当初から何のためらいもなく平然と不正を開始し、従業員までをも巻き込んでコンピューターの作動を一定時間とめるなどし、更に簿外の一〇〇口以上もの仮名、無記名の預金口座に入金するなどして簿外資産を蓄積するなどその手段・態様が大胆かつ巧妙であること。

(3) 犯行の動機が私利私欲を追求したものであること。

(4) 売上除外や所得隠しの方法に工夫を凝らすなど金もうけのためには手段を選ばないといった強い犯意をみてとれること。

(5) 被告両会社とも青色申告の承認など税法上の優遇措置を受けているうえ、隠し資産の多くをいわゆるマル優預金の形で保有して、ここでも税法上の特典を受けていたこと。

(6) 本件以前にも同様の不正行為を繰り返していたことがうかがえること。

というのである。

二、

(1) しかしながら、まず、本件犯行は並外れて巨額なものとはいえない。

法人税法違反の一件あたりのほ脱税額をみてみるに、昭和五五年で五八八〇万六〇〇〇円との資料が示されており、更に一億円以上の規模のものが一三・五%もあって、本件が同種事犯のなかで並外れて巨額な犯行でないことは明らかである。

(2) 次に、前記第一、(2)の手段・態様等の点及び同(4)の犯意の点についても、明らかに被告人新井修の弁解を無視した一方的なきめつけであって、同人は本件犯行を行うについて何らのためらいも感じていなかったわけではなく、現に昭和五九年一月にはその非を悟って売上除外を中止するに至っており、原判決は右の事実をことさらに看過している。

従業員を巻き込んでしまったとか、またコンピューターを操作したとかの点も被告人新井修が従業員らに対する一種の信頼関係を確立していたためだと解する余地もあるばかりでなく、コンピューター操作に至っては極めて単純、幼稚な方法というべく、それ自体がさして巧妙、悪質と言い得るほどの手段ではないのである。

また預金口座の点についても次のような事情がある。

すなわち、原判決は簿外で開設した一〇〇口以上もの仮名または無記名の預金口座と強く指弾するが、これを詳細に検討すると昭和五九年五月三一日現在で被告会社の簿外預金とされた九九口合計三億五五一万九二三二円のうち、法人設立前の昭和五七年六月一三日の時点ですでに仮名または無記名の定期預金五六口合計一億五一六九万五三二五円があったのであって、右は本来被告会社とは無関係の朴弘律こと新井弘一の個人預金であった。

したがって、純然たる被告法人帰属の簿外預金は一億五三八二万三九〇七円にとどまり、しかもこのうち二四口合計四八〇二万九四五六円は実名であって、してみれば、原判決のいう「一〇〇口以上もの仮名預金口座・・・」との指摘はあたっていないのである。

ちなみに、右の昭和五七年六月一三日現在の仮名、無記名定期預金について被告人新井修は、これを全て株式会社新和企業に帰属させることとする旨の昭和六〇年一月二二日付上申書を作成しているところ、これこそ本件がいわゆる財産増減法による所得計算の方法をとったため、被告人らが全面的に調査に協力してこのような処理に応じたものなのである。

(3) 更に原判決は前記第一(3)のごとく、本件犯行の動機について、「つまるところそれは私利私欲を追求し、自己の利益を拡大することに帰するのであって、格別斟酌すべきものとは言えない」とするが、これもまた被告人新井がおかれていた韓国人の子弟で、いわば頼るものとしては金しかないとの非常な金銭哲学をもたざるを得なかった背景事情について何らの考慮もしてくれてはいないものである。

敢て述べれば、被告人新井は原審においてこの間の事情をるる述べたものの真意の表現に妥当性を欠き、これがかえって誤解を受けて、裁判所の反感を招き、本件が本来所得税法違反ではなく法人税法違反であることをも無視した判決結果になったおそれなしとしないのである。

被告人新井が本件で得た不正な資金によって特別豪奢な生活を送るなどしていたとするならば格別、同人はその言のとおり、終始一貫、将来の不況等にそなえ、法人のためだけに本件犯行を犯し、裏資金を蓄積していたことは証拠上明らかである。

このことからすれば、原判決の判断は余りにも偏した不当なものと言わなければならない。

(4) 次に前記第一(5)の点は、両被告会社とも青色申告の承認は得ていたものの、そのことによる優遇措置は利用していない。

また、同(6)の被告人が本件以前にも同様の不正行為を繰り返していたことがうかがわれるとの指摘は全くの誤解である。

証拠上明らかなように、本件被告両会社は新設法人で、その以前の脱税等が論理上あり得るはずもなく、更に被告人新井修は、その以前は父新井弘一が個人で営む営業の単なる営業担当使用人にすぎなかった。

第二 原判決は同種の事実の量刑に照らしても、不当に重いとのそしりを免れない。

一、すなわち、当弁護人が入手し得た限りでの資料に照らすと、昭和五五年以降法人税法違反により実刑に処せられた事案は、過去に同種前科を有する被告人の事案を除けば、全て脱税額が約四億八九〇〇万円、約二億四九〇〇万円、約二億四〇〇〇万円という具合に並外れて巨額なケースであって、本件類似の事案でしかも行為者が実刑に処せられたという事案は見当たらない。

第三 被告人新井修は、改悛の情顕著で、再犯の虞れは全くなく、実刑は余りにも苛酷である。

一、本件は、実質上の脱税期間が一年八カ月という短期間であって、先にも指摘したように被告人には途中で犯行をやめている事情があるばかりか、本件犯行を除けば、両被告会社の実質上の経営者として、早朝から深夜まで働きつづけてきた妻子持ちの一家の主という典型的な一市民であり、本件のような脱税事犯が厳しい社会的非難に価するとしても、今、被告人をして実刑に処するほどの特段の事情はないというべきである。

ここで被告人を実刑に処して、その家庭をも崩壊の危険にさらすことにいかなる刑事政策的意味あいがあるであろうか。

二、被告人新井修は、自己の非を深く反省し、刑事贖罪金として財団法人札幌法律援護基金に対し、金三〇〇万円の寄付をした。

以上の次第であって、これらの諸事情に加えてすでに修正申告、納付の手続を了していること、新聞、テレビ等の報道による社会的制裁を受けていることなどを併せ考えれば、両被告会社に検察官の求刑どおりの罰金刑、被告人新井修に懲役一年の実刑を科した原判決が著しく不当であることは明らかである。

よって、原判決を破棄して、被告両会社に対しては減軽した罰金刑、被告人新井修に対しては執行猶予の各判決をせられるよう求める次第である。

以上

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